天使たちのシーン

日曜日
「…電源が入っていないためかかりません」
iPhoneから流れるその音声をしばらく聞いてから電話を切った。
どうしてこんなときに電源を入れてないの。
読みかけの村上春樹訳、寝転がって開いた。ばかばかしくて文字も見えない。ペラペラめくって閉じてまた開いてまた閉じた。リアルなこと思い出せばいいとか、そんなことを確か最初のほうでホールデンが言っていた。
「健人が死んだ」
恐ろしく低い声で美香ちゃんが言った。一方的に喋って切れた電話にまだ耳をつけたままわたしはぼんやりとしていた。「健人が死んだ?」そんなばかな。わたしは健人に電話をかける。「なんだよー」いつもわたしの電話をうざったがって笑う健人の声は聞こえてこなかった。

月曜日。
6時に目が覚めた。ほとんど寝てない。
健人のfacebookを見た。
他の人が健人をタグ付けして書いていた。
「悲しいお知らせです」
わたしはfacebookを閉じた。

歌詞を書かなきゃいけないのに、何も書けないな。
「歌詞、遅れて申し訳ないです」
一言グループに投稿した。

図書館で本を7冊借りた。今書いているレポートに必要なもの。
鞄はめちゃくちゃ重かった。
「ご飯食べに行こうよ」と友達からLINEがきた。ビールの絵文字付きで。
「行こう行こうビール日和だー」わたしもビールの絵文字付きで返信した。

友達が死んだってことは言わなかった。
飲み放題でもないのにビールは2人で16杯も飲んだ。
「もうドリンクバーみたいじゃん」
わたしはずっと笑っていた。
鞄が重いんだって話をして、借りている本を全部見せたりもした。
楽しかったので、わたしはずっと笑っていた。

1年ほど前、健人に普通にLINEを送った。
「久しぶりー!遊びに行こうよ、21日とか、来週とかでもいいけど」
すぐに返事が来た。
「今福岡で入院してる。脳腫瘍で、もうダメだと思う。帰れないと思う」
動揺はした。でもそんなことがあるわけがないと思った。そんなことがあってたまるかと思った。
動揺している素振りなど見せず、今まで通り頻繁にLINEは送った。「可愛いだろー」と自撮りやコスプレの写真を送り「やめろ目が腐る」などと言われていた。わたしはそれがうれしかった。

健人はもともと友達の友達だった。
もう随分昔のことだけど、自主制作映画を作った、その時の主演の男の子の友達だった。
撮影中に主演の子が過って炊飯器をひっくり返した。大爆笑でことは片付き、わたしはそのネタを日記に書いた。その時に「うちの悠介がごめんなさいね」とコメントをくれたのが健人だった。

よくぞまぁコメントをくださいました。
もしあの時映画にわたしが関わっていなければ。もしあの時、主演を別の人にしていたら。もしあの時悠介が炊飯器をひっくり返さなければ。もしわたしがあの時あんな気まぐれを起こさず普通の内容の日記を書いていたら。もし健人が日記を見ていなかったら。
もしそうなら、わたしと健人は永遠に知り合うこともなかった。
人は数えきれないほどの頼りない偶然を乗り越えて出会ってしまう。でもわたしはそれを運命だとかと言って美化する気持ちもない。ただ、ただ、偶然に出会うのだ。
しかし、人が一生のうちに会える人の数はわずかだ。出会っても通り過ぎることもある。わたしもたくさんの人と出会い、何かを共有したりもする人もいた。ただすれ違いざまに「どうも」と声をかけるだけの人もいた。
そんな中で、確かな友情を育て上げられた幸運を、わたしは誰に感謝すればいいのかな。
たくさんの偶然と、健人と、わたしに、ありがとう。

悠介の友達だった健人は、いつの間にか、普通にわたしの友達になった。
あの頃、退廃的だった2つ年下の健人は言った。
「何か新しいものを得ることに期待はしてないし、友達を増やしたいとも思っていない。ただの暇つぶしに書き殴りに毛が生えたものをポチポチ。期待していないから失望することもない。でも思わぬ流れで亜美とマブダチになれたことは意外だった」
マブダチ。
その後も健人はわたしのことを「プレミアムな友達」と呼んだ。
すごく光栄で忘れられない。
わたしはプレミアムな友達によく怒られていた。
「もっとマシな男がいるだろうが!」とか「反対行きの電車に乗るのはいい加減やめろ!」とか「セーラー服を着るのはやめてくれ!」とか。
怒られていてもわたしはうれしかった。

ある日突然、健人は狂言師になった。
「まったくあいつのやることは意味わかんねーなー」と悠介は言った。
健人が役者デビューした公演は広島の厳島神社で、その日はあいにくの雨だった。
絶対デビュー公演は見なければならない。わたしは新幹線に乗って広島まで行った。
雨の中、一人でずっと健人を見ていた。
凛とした表情で立っていた健人はとてもかっこよかった。健人も大人になったんだなって涙が出た。ここまで来てよかったと思った。わたしってばプレミアムな友達だなとも思った。

あれから、何度も健人の舞台は見た。
東京、京都、名古屋、福岡。行けるところには全部行った。健人のお芝居のジャンルに興味はなかった。ただ、輝いている健人を見たかった。それだけ。

わたしは全然酔わない。
2人でビール16杯も飲むなんて正気の沙汰ではない。
でも、さらに場所を変えてレッドアイを2杯ずつと、ウイスキーのロックを2杯ずつ飲んだ。
隣の席で若い女子2人が彼氏の愚痴を大声でこぼしている。LINEの返事をくれないとか、何もわかってくれないとか、ダイスケが何を考えているかもうわからないとか。

わたしはiPhoneの中の古い写真を見た。セントレア空港でわたしが写した健人と悠介の写真、後になってから絵にも描いた。ちなみに淡い方が健人。健人はその絵をずっとLINEのアイコンで使ってくれていた。

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ザアザア降りの大雨が一瞬にしてあがった。神々しく光が射した奇跡のような空を思い出した。突然泣きたくなった。全てに解き放たれたような瞬間。Life is comin' backの瞬間。
いつだったかもう随分と昔、7年も8年も昔、健人と夜中まで話をした。小沢健二について。Life is comin' backという言葉について。その瞬間について。恋や夢や音楽や言葉や風や水や空や光や、とてもキラキラしたもの。欲しいもの。共有したいもの。生きるということ。運命ということ。

「あの時あの瞬間、違う選択肢を選んでいたら今頃俺はどこ歩いてんだろう、誰と出会ってたんだろう、って思うよ。でも差し詰め今はどうでもいい。まぁ俺も今は平和で暇だし、こうやって亜美と語り合えるくらいには大人になったんだから」
もう、たぶん、長くないであろうことを知っていた健人は終わり頃、そう言った。
そうだね。うん。どうでもいい。
健人と知り合ってなかったらどうなってたかなんて、本当にどうでもいい。
なんかどうでもいい。明日やらなきゃいけないこととか、決めなきゃいけないこととか、もうどうでもいい。
「どうでもいい」だなんて言うと屁理屈ばかり言いたがる健人は面白がって「それはどうかな」ってきっと笑う。「あはは」って。ちっとも良くないのに、すぐ「それはよかった」と言う。そんなことで悲観するなよ、未来はこれからだぜ。
あぁそれは本当に「そんなこと」だ。
涙目になってウイスキーを飲んだ。
当然だけどみんなそれぞれの人生をそれぞれ生きている。ボックス席のカップルは旅行の計画を立てている。マリちゃんはまだダイスケの愚痴を大声で喋っている。健人は死んだ。死んでしまった。どうしよう。意味がわからない。理解出来ない。だって、そんなのわからない。わたしは泣いているみたいでだらしがない。
「そんなことで泣くなよ、ばかだな」と健人は笑って言う。わたしもつい笑ってしまう。健人の言葉になんだか嬉しくなってしまう。健人が死んだっていうのに。

火曜日。
相変わらず電話はつながらない。LINEも既読にならない。
悠介が電話をくれたことを話したかった。
彼が長かった髪を切ってゲスの極み乙女みたいになったらしいとか、「本当に!?」って2回聞いたこととか、「そんなん聞いてないしLINEも話の途中で終わってる」って怒ってたとか、話す言葉がなくてずっと黙っていたとか。
きっと健人はそれを聞いて嬉しそうに笑う。あはは」と声に出して言う。「それはよかった」とか言う。ちっともよくない。わたしは悲しくなってしまう。ちっともよくないよ。でも健人が笑うから、本当におかしそうに笑うからつられて笑ってしまう。健人が死んだっていう時に。

水曜日。
13分半、じっと耳を澄ませていた。天使たちのシーン。あの時、わたしたちがよく聞いていた曲。涙が出るのは何故なんだろう。
わたしたちがここでじっとしている間にも、時間は刻々とすぎていくし、まわりの景色も匂いも変わっていく。また陽がのぼって、犬が吠えて、葉っぱは太陽に照らされてキラキラ光る。季節は夏に向かう。坂道を降りてサンダルの踵をすり減らして、ちょっとずつ変わっていく人に流されて、泣いたり笑ったり。あぁそれは本当に当たり前の日常だ。狂おしく愛おしい日常だ。
行かなくちゃ。
ぼんやりと歌ってしまう。しあわせな歌詞が書けそうだとさえ思ってしまう。健人が「それはよかった」と言って笑う。あぁなんて人なの。わたしはまた泣きたくなる。だけどわたしも健人も悠介もいつもどおりなんだと思う。何一つおかしいことはない。本当はわかっている。
あぁ、もっといろんなこと、今度会ったら話そうと思う。わたしたちをつないでる緩やかな止まらない法則があるよ、ずっと。