神様、本当は神様なんていない
「ちゃんと話すから、ちゃんと聞いて欲しいの」
前日、わたしの話をはぐらかした先生に電話をかけて、わたしはゆっくりと言った。
「ちゃんと聞いてね?」
わたしは体育座りをして、自分の裸足のつまさきを見つめながら言った。今でも鮮明に覚えている。とても忘れることなんか出来ないあの時の会話。遊園地とショットバーとファミレスをハジゴして先生と別れた、その数日後の夜のこと。
「うん。ちゃんと聞くよ」
とても穏やかな声で先生は言った。それだけでわたしはもう泣き出しそうになった。わたしが何を言うか先生はもうわかっていたと思う。今更こんなことを言うべきじゃないことも、本当は先生がそれを聞きたくないことも、お互いにわかっていた。それでも言葉にしてしまわなければ、わたしは本当に潰れてしまいそうだった。先生が好きで、何もかもが先生で、毎日わたしはバカみたいに先生の夢を見過ぎて、バカみたいに一喜一憂しすぎて、潰れてしまうと思った。尊敬と憧れと緊張と興奮と嫉妬と期待。その感情の嵐で。
「せんせ?」
「うん?」
一言一言がとても重たい。
「わたし、先生のことがすきなんだ」
「うん。ありがとう」
「先生は?わたしのことがすき?」
「うん。好きだよ。でもね」
まばたきの音が聞こえてしまうくらいにわたしは何度も大きくまばたきを繰り返した。嬉しかったからじゃない。どうしていいかわからなかった。
「でもね」
こんな質問をするんじゃなかったと思った。どう答えられてもたまったもんじゃない。確かに先生はわたしを好きだと言った。でも、だから、それがどうだっていうんだろう。それで何かが変わるの?
「でもね、俺、彼女がいるんだ」
知ってる。
そんなの知ってるわ。
でも先生は、これからもわたしと一緒に居たいと言ってくれた。恋愛云々ではなくて、人間として。確かに亜美の作っていく未来は不知顔だけど、また一緒に笑ったり飛んだり大きく驚いたりしていきたいと。ずるいわ。そんなのってないわ。
「先生、わたしが死んだら泣く?」
意地悪を言った。
「は?バカか?死なないでいてくれよ?」
狼狽したような声を先生は出した。
神様、本当は神様なんていない。
わたしは先生を好きだけど、たぶんずっと好きなままだけど、そのうちきっと忘れてしまうだろう。忘れようとしなくても、忘れたくなくても、忘れてしまうだろう。でも、そうすればきっといつかまた会える。神様なんていない。わたしはこういう手段で永遠に先生を手に入れるの。
なくさないわ。