ハムスターのポニョ

2008年から2010年までポニョを飼っていた。真っ白なゴールデンハムスター

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部屋の中を走り回るのが好きで、背の高い本棚にも軽々とよじ登って遊んでいた。

「何もなしに2年も生きるなんてすごいですね」って獣医さんに言われた。元気いっぱいのポニョ。
鼻がピンクの可愛いポニョ。
そんなポニョが死んでしまった。
わたしのポニョが死んでしまった。
朝起きて小屋を覗いたら、まるまったまま、もう息をしてなかった。抱き上げるともう冷たかった。 わたしはポニョを抱いたままウロウロと部屋を歩き回って泣いた。

「いいからもう学校に行きなさい」
母親が言った。
「学校が終わったらお墓を作ってあげましょう」

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駅のプラットフォームで通り過ぎる皆がいぶかしげな顔でわたしを見る。当たり前だ。女子高生が一人でダラダラ泣いているのだ。
電車に乗ると、泣いているわたしに気が付いた違う制服の女子高生が席をゆずってくれた。
「どうぞ」

「ありがとう」

わたしは次の駅でおりて学校に電話をした。
「風邪をひいたので休みます」
「わたしも今日学校休む♪」
振り向くと驚いたことに、席を譲ってくれた女の子が側に立っていた。
「そう…ジュースおごるよ。さっきはありがとう」
自動販売機でお茶とオレンジジュースを買った。
「おいしいね!!」
オレンジジュースを飲んだ彼女はびっくりして言った。
その顔があまりに真剣だったのでわたしは笑ってしまった。
「飲んだことないの?」
「初めて飲んだ!それは美味しい?」
わたしのお茶を一口飲んで彼女はぺっと吐いた。
「これはダメみたい。ねぇ、じゃあ今日は何して遊ぶ?」
「え…」
わたしは早く帰りたかった。帰ってポニョのお墓を作ってあげようと思った。
「そこに公園があるの」
彼女はわたしの返事も聞かずに走り出した。
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
彼女を追って公園に辿りついた時にはもうすっかりバテてしまった。
「あなた…、走るのとっても速いのね…」
彼女は座り込んだわたしの顔を覗き込んで笑った。
「体力ないのね」

わたしたちは乙女らしく、シロツメ草でかんむりを作ることにした。なんだかとても懐かしいにおいがした。緑の草のにおい。 わたしはポニョを思い出した。こんなところで一緒にお散歩ができたら良かった。
「はい!あげる!」
悲しい気持ちになってきた時、彼女はわたしの頭の上にポンとかんむりを乗せた。
「…ありがとう。器用ね」
わたしはまだかんむりの半分もできてなかった。
「わたしは慣れてるから。もういいよ、行こう?」
彼女はそう言って立ち上がり、スカートの砂をポンポンと叩いた。
「行くってどこに…?」
わたしはポカンとして聞いた。
「東京タワー!!!」
「え!?」
「本気だよ?いや?嫌ならひとりで行く」
「嫌じゃないけど…」
彼女はにっこりしてわたしの手をひいた。
「じゃあ行こう?おなかへったし何か食べてさ。何食べる?美味しいオムライスとか食べてみたい。美味しいラーメンも食べてみたい。よくテレビでやってるような」


美味しいオムライスを食べ、東京タワーの下まできて彼女は言った。
「ずっとここに来てみたいと思ってたの」
「来たことないの?」
「ないの。高いね!ワクワクするね!」
わたしはふふふと笑ってしまった。面白い子と出会ったなぁと。 展望台ではキャアキャア言ってはしゃいだ。落ちるーだとか、高いーだとか。うるさい女子高生と思われただろう。
「家が小さいねぇ」
彼女はガラスにはりついて外を眺めながら言った。
「こんなにいっぱい人間っているんだねぇ」
「そうねぇ」
「こんなに人がいっぱいいる中で誰かが誰かに出会って仲良くなるってすごいと思わない?」
「え?…うん、そうかな、あんまり考えたことなかったけど、うん」
「わたしと亜美ちゃんが出会ったこととか」
「…え?」

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東京タワーを出る頃にはすっかり夕方になっていた。わたしはまた悲しくなってきた。泣きたくなってきた。ポニョは死んでしまった。こんな時にわたしは知らない女の子と遊んだりして何をやっているんだろう…。 まだ楽しそうな彼女の横でわたしは言った。
「わたしもう帰…」
「楽しかったよ」
「……そう、わたしもよ」
「今までずっと、だよ」
顔を上げたわたしに彼女は笑顔でしおれた四葉のクローバーを差し出した。
「あげる。ありがとう。それだけ言いたかったの」
それだけ言うと彼女は走って行ってしまった。
そういえばポニョも走るのが速くてなかなか捕まえられなかったっけ…。